Vol.21 フランスの教育ファーム
2013~2014年にイタリアの教育ファームに10カ所、スペインで3カ所訪問させていただいた経験から、これらの生産者や教育ファームとフランスの教育ファームはどんなところが違うのか、また同じなのか、自分の体で感じてみたいと思い、今回は南フランスの3カ所のファームを訪れた。その際に感じたことを報告する。
フランスの教育ファームとは?
フランスにおける教育ファーム第1号は、1974年にリールに設立された市営「マルセル・デナン農場(Ferme Marcel Dhenin)」と言われており、そのタイプは3つに分類されている。1つ目は、「農家タイプ」で、農業を営みながら、副業的に児童、生徒などを受け入れている牧場や農場。2つ目は、「モデル農場タイプ」で、教育目的に設立された農場で、農業生産による収益はほとんどない都市型農場。3つ目は、「中間タイプ」で、農業生産と教育ファームなどの受け入れが同等の重要性を持つ、1と2の中間タイプとされている。そしてフランス農業省環境教育部の調べによると、2013年現在、教育ファーム数としては、全体の6割を農家タイプが占めており、受け入れ人数を見ると、大人数の受け入れが可能なモデル農場タイプが最も多く、農家タイプはそれの50%以下に留まっているという。
こうした資料を目にして思うのは、イタリアやスペインの農場と異なるのは、教育ファームの分類がなされているという点である。しかも政府によってその分類がなされており、教育ファームの推進や現状把握は、政府主導で行われていることだ。日本の教育ファームはここまで政府が関与していないので、国をあげて教育ファームの推進を行っていたのだなーと感じた。
フランスは教育ファームの全国組織ネットワークが4つもある!
フランスの教育(ferme pédagogique)ファームについて論文検索すると、多くの論文が発表され、視察からの知見も多く発表されている。その中で、植木(2013)を元に、フランスの教育ファームに関わる組織をまとめてみると、フランスには、教育ファームの全国組織が4つもあり、それらは独自に組織ネットワークを運営しているそうである。各組織の特徴を以下の通り。
近年フランスでは、教育ファームの全国的なデータがとられていないため、詳細なファーム数は把握できないが、2013年現在、フランス全土で1,800件の教育ファームで活動が行われており、2004年当時は、1,400件であったため、約3割増になっている。
一方、日本の教育ファームは、中央酪農会議を中心に教育ファームの組織化・制度整備が行われており、1998年7月 に酪農教育ファーム推進委員会が設立され、2000年に酪農教育ファーム認証制度、2017年3月末現在、全国30の認証牧場と608人のファシリテーターが認証を取得し、年間約48万人(2015年度実績)が牧場等で酪農体験を行っている。上記内容から、フランスは、日本に比べ4.7倍の教育ファームが存在する。
フランスの教育ファームは国をあげて行われている!
今回、南フランスの教育ファームを探すにあたり、かなりの数のファームがあるため、どこに行ったらいいのか色々悩んだ。その際、検索するのにとっても便利だったのが「Bienvenue à la Ferme」の教育ファームの情報サイトである。検索条件を見てみると、所在地、キーワード、製造商品、作物の種類(フルーツ、野菜、肉・魚、ワイン、ジュース・シロップ、食品取扱店舗、食品以外など)、ファームのタイプ(生産者、生産者かつショップあり、車での訪問可能、市場生産者、ネットでの商品購入の可否、ギフト、ファームの設備など(有機農業、クレジットカード利用可能、ハンディキャップのある方の受け入れ可能かどうか)など、複数設定されており、初めて利用する人にとっても、すごく使いやすい。そしてこの組織は、元々フランスの政府が立ち上げたのだと知り、農業大国フランスの教育ファームを取り巻く環境を調べてみることにした。
フランスの教育ファームは、複数の省が共同で問題に取り組む「省間委員会」が管轄し、農水省・国土環境整備省・教育省・青年スポーツ省・法務省で構成されている。先の表で示したランブイユにある農場が事務局を務めている。教育省と農水省が協力して取り組むミッションとて「学校教育」がプログラムに組み込まれ、その中に「農業教育」が含まれている。「学校教育」予算に占める農業教育プログラムの割合は2.1%と低いものの、農水省予算総額に占める割合は25%と大きい。また農業教育の目的も単に農業教育を実施するという内容から、農業従事者や経営者の育成、農村地域の活性化に資する人材の育成を目指すなど、この20年で大きく変化している。以上ことから、フランスの場合、国が農業教育並びに教育ファームの事業への関わりが大きく、予算も減額していると言われながらも日本に比べると支援の組織化が国レベルで実施されている。農業大国フランスは、国を挙げて教育ファームを支援し、総合的かつ長期的な視点で農業に関わる教育を重視している。これらの点が日本の教育ファームを取り巻く環境との大きな違いだと思う。
フランスの教育ファームが世界でベンチマークされる理由
フランスの教育ファームに関する文献は論文・書籍がたくさん!なぜ多いのか?なぜフランスの教育ファームは発展したのか?文献によるリサーチと現地視察から、その理由として推察される点を、以下の5点にまとめた。アヴィニヨンから車で30分程度の教育ファーム「Ferme pedagogique de l'Oiselet」を例に紹介する。
<「Ferme pedagogique de l'Oiselet」とは?>
「Ferme pedagogique de l'Oiselet」は、1988年に設立。アヴィニヨンから車で30分程度の場所に位置する教育ファーム。ローヌ地方南部のワインの中で最も歴史のある「シャトーヌフ・デュ・パプ」の生産地としても有名な場所に位置するため、ファーム自体の収入の大部分は、ワインの生産からなる。そのため、分類としては「農家型の教育ファーム」になる。先に述べた「Bienvenue à la Ferme」の検索サイトでの検索が可能で、「Bienvenue à la Ferme」からの認証もされており、アヴィニヨン周辺の教育ファームの中で規模が大きく、沢山のプログラムを実施しており、独自のwebサイトでも過去の体験の様子が多数報告されていたことから、この教育ファームの視察を決めた。
教育ファームの運営は、Rose Combeさんが中心に行われている。もと小学校の先生で、1年に1つずつ体験プログラムを作っており、今年で30周年なので、特別なプログラムを考えているとおっしゃっていた。「Ferme pedagogique de l'Oiselet」の視察の中で気づいた点は以下の7点である。
1.国による教育ファームの制度化 ~教育ファームの認証~
フランスの最も美しい村のパートでも述べさせていただいたが、教育ファームでも同様で、「Bienvenue à la Ferme」から、ある一定のレベルを有した教育ファームであるという認証があり、同一のサイトで掲載されることで、消費者の検索もしやすく、いわゆる“お墨付き”があることで、教育ファームが運営しやすい部分があるのではないかと思った。一方、Rose Combeさんに「Bienvenue à la Ferm」について伺ったところ「Bienvenue à la Fermeが勝手に来てシール貼って行ったのよ。だから単なるロゴよー」とおっしゃっておられ、教育的価値が高いと思われる教育ファームに関しては、政府機関自ら視察し、認証を与える様である。
この「認証」による最大の効果は、認証数確保することによって、教育ファームに行ってみたいと思う方にとって、選べる楽しみを与えることに繋がっていることだ。「行く教育ファームがここしかない」「これしかない中から教育ファームを探すのは、何だか物足りない」という状況を打破してくれる仕組み作りがなされている点である。行ける教育ファームがこの地域には1つしかないというのでは、選ぶ楽しさに欠ける。この点が、フランスの教育ファームが進化した一要因なのではないかと思う。現在の日本の教育ファームは、選べるほど教育ファームがない。ここしかないという状況で教育ファームを選ぶ状況である。日本で教育ファームに行くことが一般的になるまでには、一定のファーム数の拡大が必要だとあらためて感じた。
そして、フランスで最も美しい村のパートでもお話したが、この「Bienvenue à la Ferm」の認証システムも、まさにミシュラン方式。「教育ファーム版のミシュラン」だ。フランスはブランディングがとても上手いと感じる。教育ファームの中でも、どんなファームなのかカテゴライズし、消費者の検索容易性を高め、情報処理しやすくし、教育ファームの活用度をブランディングによって高めている。政府機関自ら認証を与え、勝手に各教育ファームが競い合う仕組みづくりも実施している。認証が与えられた教育ファームは自信がつくだけでなく、格が落ちないように、深化を深める。説明するのは簡単で、実施し続けるのは難しい仕組みなのだと思うが、こうした仕組みを苦に自らが実施しているところがフランスの教育ファームが拡大した大きな理由だと思われる。
2.学校教育との連携
「Ferme pedagogique de l'Oiselet」の場合もそうだが、多くのフランスの教育ファームでは、4~6月は学校単位での教育ファームの利用率が高くなる。その他の夏のヴァカンスの期間はファミリーでの利用も多いという。イタリアの教育ファームもそうであったが、成功している教育ファームは、学校との連携を強固にし、団体での利用数を増やしている。教育ファームを軌道に乗せるには、団体客の確保は必須だと言える。
3.グリーンツーリズム文化
また、日本と圧倒的に違うと思ったのが、フランス人の方の中にはグリーンツーリズムを楽しむ文化が既に根付いているという点である。フランス パリ 在住の中村江里子氏のブログの中で「フランスの学校では、6週間学校に行くと2週間お休みというのが通常」との記載があった。日本の学校に比べて、長期休みが定期的かつ多くあるのが現状。フランス人の友人にお話を伺ったところ、フランスでは、2週間のお休みはそれほど長くないので、海外に行くよりもフランス内でお休みを楽しむことが多く、そのためスキーなどにでかけることが多いとのこと。この学校教育制度もグリーンツーリズムの推進に大きく関与していると感じた。
また、フランスは自然を大事にし、楽しむ文化があるように感じる。だからこそbio、テロワールの文化も自然と馴染むのかもしれない。こうした背景の中で、休みの日には食事をしながら数時間教育ファームで家族で時間を過ごす家庭があるのだろう。
北海道は、グリーンツーリズムにぴったりな場所だと思う。日本の中でも、世界に誇る自然を楽しめる場所だと思う。その楽しみ方や自然とのふれあい方が、フランスの皆さんとは異なっているが、フランス的な自然の楽しみ方ができる可能性が極めて高い場所だと感じる。今回の視察ではフランスの皆さんのグリーンツーリズムの一部しか見ていないけれど、参考にするところが多い。日本独自のグリーンツーリズムの可能性を今後も継続して探求していきたい。
4.プログラム数の充実
「Ferme pedagogique de l'Oiselet」は、今年で教育ファームを初めて30年。毎年1つずつプログラムを増やし、現在30個のプログラムがある。動物たちと触れ合うプログラム、プロヴァンスらしいラベンダーなどのハーブを使ったプログラム、ニワトリが生んだ卵を採取し、卵料理を作るプログラム、、果物狩りからジャムなどを作るプログラム、花を摘んで染め物をしたり料理をしたりするプログラム、ワインのテイスティングなどの大人向けのプログラムなど、一年中なにかしらの農作物が採取でき、収穫から食品加工までを体験することができる。この「収穫から加工までの体験プログラムを複数もっているところが、この教育ファームの人気の所以なのだと思う。そして「Bienvenue à la Ferme」の認定要件の中には、必ず農作物を生産していなければならない、収穫物がなくてはならないという要件がある。フランスの教育ファームでは、この収穫から加工までの体験に価値をおいていることが分かる。そして、収穫から加工までの体験ができることで、プログラムの幅が一気に広がるのだ。プログラムを実施されていた、「1つのプログラムから色んなことができるよ」「あなたたちがやりたいことに合わせてプログラムはいくらでもアレンジできるわよ」とのコメントをいただいた。このプログRose Combeさんラムの幅の広さは永続的な教育ファーム運営に必要な要素なのかもしれない。
5.教育経験があるファシリテーターの存在
そして、教育ファームのプログラムのクオリティの確保には、プログラムを実施するファシリテーターの質の高さが必須。「Ferme pedagogique de l'Oiselet」のRose Combeさんは元学校の教師。ゴルドとアルルのちょうど中間地点に位置する「La Ferme de Billy-Billy」という教育ファームのファシリテーターのBoileau Cécileさんも、大学で教育学を学び他の教育ファームでプログラム開発などをした後、この教育ファームで働き始めたとおっしゃっていた。たまたま行った教育ファームのファシリテーターの方が教育関係のお仕事をされていただけかもしれないが、教育経験のある方がプログラムを作っているというフランスの実態を目にすることができた。
プログラムをどう作っているのかと伺うと、「自分で全て考えている」「昔教員をしていたからプログラムは比較的簡単に考えることができる」といお話を伺った。この感覚はかなり羨ましい。子どもたちに響くポイントや、教育的価値を分かっていらっしゃる方がプログラムを作れる環境をいたるところで拝見できるフランスは、やはり恐るべしっ!と思った。
6.教えるだけではない「自ら学ぶ」体験の場 ~高度な体験価値の提供~
そして、今回の教育ファーム訪問で一番面白いと感じたのは、ファームの方が一方的に教えるプログラムではなく、そこに遊びに来る子どもたちが「自ら学び何かを得て帰る環境づくり」がなされているということである。具体的には、プログラムのイントロダクションでは、昔話の主人公から、子どもたちに手紙が送られ、その手紙の内容に沿って、子どもたちが自由にファームをまわり、好きなことを学ぶプログラムだった。気になることがあったら、好きなだけ調べられるよう、専門的な書籍も準備されている。画一的なプログラムではなく、体験する子どもたちに沿ったプログラム作りがなされていること、それに対応しうる、教育経験をもった方がプログラムを運営されていることに驚きを感じた。
「どうやったら理解してもらえるか?うまく伝えることができるのか?」ということばかり気にしていたが、そうではなく、自ら学びたいと思う環境とプログラム、教育方法がないと、いいプログラムを実施することが難しいのだということを学んだ。そのためには、まずファシリテーターが自ら学び、体験してくれる方と一緒に学びを楽しむ姿勢が一番大事なのかもしれない。本当に勉強させていただいた!ありがとー!
7.世界を意識したプロモーション
そして、もう一つさすがだなーと思ったのがプロモーションの上手さである。どの教育ファームに行っても「細かいことはホームページかFacebookにのっているから見てね」とおっしゃる。それだけwebを含めたプロモーション、環境整備をされてるということなのだ。そして、当たり前かもしれないが、母国語以外の言語対応はもちろんなされている。その結果、「Ferme pedagogique de l'Oiselet」には、アメリカ、アジアなど各国の方が視察を含め体験にいらっしゃるとのことだった。初めから世界を意識したプロモーション環境づくりができている。これは見習わなくては!そのためには、自分たちのウリは何なのか、客観的に評価できる目も必要なのかもしれない。
イタリア・フランスの教育ファームの共通点
上記2か国の教育ファームをまわらせていただいて気づいたことは、成功する方程式が同じだということである。まずは立地、主要都市から1時間以内の場所でないと、どんなにいいプログラムをしていてもお客さんは来てくれない。そして、教育ファーム以外でも立ち寄れる場所があること。レストランや体験施設など他に楽しめる場所があるとやはりその「土地」に行きたいと思う。地域力が必要だということだ。そして、もう一つ大事なことは、教育ファーム以外の本業でしっかり儲けているということ。教育ファームだけでの事業の運営はかなり厳しい。イタリア ナポリの生産者さんも、bioの農作物で、プロヴァンスの教育ファームも、シャトーヌフドゥパプのワインの本業で儲けているから教育ファームができていた。本業の成功なくして教育ファームの成功無し!これはいい教訓!
複数の国の教育ファームの視察で、多くのことを学ばせていただいた!実務に活かすぞっ!
<参考文献・サイト>
・桂瑛一(2016)「フランスにおける農業指導の組織と役割」pp.25
・農林水産奨励会農林水産政策情報センター(2007)「フランスにおける新しい予算制度と業績評価の実施.政策情報レポート123」pp.1-24
・大森桂,金子佳代子(2015)「フランスにおける教育ファームの現状」日本家政学会誌 vol66 No.6 290-298
視察日:2018年3月10日~11日
通訳・コーディネート:Pier Giorgio Girasole
写真・文:星野浩美