Vol 18. スペインの食を支える生産者 ~バスク豚・チーズ・養蜂~
(1)masukarada denda(バスク豚) バスク豚の生産者 ホセ・イグナシオさん
スペインの豚というと、ここ数年日本でも有名なのは「イベリコ豚」。
どんぐりを食べて育った、希少価値が高い豚で、日本ではハムなどの加工肉で食べることが多い。こちらに来る前は、そのイベリコ豚の生産者さんに行くのだと思っていがた、お話を伺ってみると、何やらバスク地方の豚品種があるということで、伺ってみることになった。
お話を伺ったのは「ホセ・イグナシさん」。優しそうなブルーの瞳が印象的な方。スペインでバスク豚を肥育しているのはイグナシオさんだけである。バスク豚は、バスク地方の脂身が多い品種。1920年代に脂肪分の少ないさっぱりとした豚肉の需要が多くなり、次第にバスク豚を肥育する人が少なくなっていった。最も少なかった時には、フランスバスクを含め20頭余りまで減少していた。18歳でお父様を亡くされたイグナシオさんは、もともとはレストラン業を営んでいたが、バスク豚が絶滅の危機にあること、また小さいことから豚を飼っていたこともあり、ぜひバスク豚を飼ってみたいと思い、2004年から養豚業を開始。今年で12年目になる。
バスク豚は、フランスバスクを含め年間5,000匹と出荷量も非常に少ない。
イグナシオさんは、その内1,000匹余りを出荷している。来年(2017年)までに、1,500匹の出荷を見込んでいる。養豚場は、3つに分かれる。1つは、出産と保育。2つ目は、ある程度大きくなってから自由に放し飼いで育てるところ、3つ目はとさつ前の50日間、飼料を与える場所。森というか林の中に放し飼いにされており、豚さんたちは食べたいときにエサを食べに小屋に来て、寝たくなったら寝て、遊びたくなったら森に行くというスタイルだ。この飼料もここから60キロ圏内の近隣でとれたものを使っており、大麦、大豆、トウモロコシ、小麦など。大麦がいい脂質にするために必要だとおしゃっていた。飼育は、各箇所1人ずつで、計3名のみ。あまり手がかからないから3人で十分だという。
バスク豚は白豚と比較して、肥育期間は2倍。白豚は通常4~5か月のところ、バスク豚は10か月程度肥育に時間がかかる。また大よそ出荷前は150㎏近くになるが、その内、50㎏が脂肪分。50㎏のうち、売り物になる油は23㎏程度とのこと。
飼育にあたっては、パッションと、マーケティング、そしてコミュニケーションを取れる場所が必要とのこと。飼育施設の近くにレストラン「masukarada denda」がある。ここはまさに食を通して消費者とコミュニケーションを取る場所。自社製品もたくさん販売されている。とさつ以外は全て自前。加工施設もレストランに併設されている。保存用・添加物を使わない正にナチュラルな製品を販売していた。レストランのシェエフはイグナシオさんご自身。バスク人の男性から何度も伺った「食べることと作ることが好きだからシェフをしている」のだという。この感覚にもだんだん慣れてきた!
この日いただいたランチは、お任せメニューの7皿。一皿目は、バスク豚の油を薄くスライスし、タイムとローズマリーで香りづけしいたもの。二皿目は、加工肉の盛り合わせでロース・生ハム・首の後ろの部位のお肉、三皿目は、ヒレ肉にフレッシュなオリーブオイルと唐辛子で有名なエスプレッド村の乾燥した唐辛子をかけたもの。想像以上にさっぱりといただけた一品。4皿目は、施策中というパテ。パテ特注の臭みが美味しくパンによく合う一品。5皿目は、クリスタルピーマンと脂身を炭火で焼いたもの。最初の一口は美味しくいただけたが、豚カツの脂身も美味しくいただく私でも、二口目はかなり胸がいっぱいになった。6皿目は、日本ではなかなか勇気のいる豚肉のタルタル。周り少し火が入っているように感じたが、オリーブオイルで少しマリネした生のバスク豚をいただいた。私は全く問題なくいただけたが、苦手な方も多いかもしれない。最後は今日もデザートで締め。羊のミルクのプリン。レコンドでいただいたものとは全く違い、何かすっきりしたお味。ローズマリーのような爽やかさを感じ、イグナシオさんにたずねてみるとママ直伝のシナモンで風味づけしたプリンだった。
2016年3月3日(木) 星野浩美
(2)HARROBIalde(チーズ工房)チーズが美味しくて有名なバスクの羊農家「ウルツィさん」へ
バスクの地域でも有名な、知る人ぞ知るチーズ農家のウルツィさんを訪ねた。場所はサンセバスチャンから20分ほど車で走った郊外にある。
羊を育てチーズを作っているのは、30歳半ばくらいの男性で、双子の女の子がいるウリツィさん。2005年までシードルの飲食店で働いていた。そのお店で雑草を食べてもらうために125頭の羊を飼っていたのだが、その世話を一手に任されていたのがウルツィさんだった。シードルのお店の仕事より、羊飼いのお仕事の方が大変で面白かったという。そこで自分で羊を飼いたくなり、一念発起して羊農家になった。現在は、340頭を友人と2人で育てている。
チーズ作りは、フランスやバスク近郊のチーズ工房で習得。チーズ作りの他に、肉も出荷している。また最近は地元の大学と共同研究し、質の高い肥料作りも手掛けるとのこと。また、子どもたちへの社会科見学の受け入れも準備中。この地域の大人も、ここでチーズを作っていることや、羊を飼うことを知らない人が沢山いる。だから大人への教育ではなく、子どもたちにバスクのこと、羊やチーズのことを知ってもらう取り組みをしたいと考えているとおっしゃっていた。また今年から、人工授精ではなく、自然交配での羊の繁殖に着手。昨年までは羊の繁殖を自分達人間のスタイルに合わせて来たが、羊たちに合わせ、より自然な形での羊を育て、そこからとれたミルクでのチーズ作りに挑戦していると、キラキラした目で語ってくれた。まだまだやりたいことが沢山あるという。
ウルツィさんのチーズは、サンセバスチャン市内のお店の他、ご自宅でも購入できる。チーズ一つ、お店では22€(伺ったご自宅での購入では16€)。凝固剤を極力使わないナチュラルなチーズで、熟成に最低3か月をかける。バスクのシェフのファンも多いとのこと。バスクに来て、色々な美味しいチーズを食べさせていただいたが、ここのチーズが一番美味しいと感じた。今日のドライバーさんも、フランスを含め色々なチーズ工房に行ったが、ここのチーズは格別とおっしゃっていた。ぜひその場で食べて、また購入してみてほしい一品。
2016年3月7日(月) 星野浩美
(3)兼業養蜂家のアントニオさん ウルツィさんのお知り合いの養蜂家のアントニオさんを訪問
チーズ工房のウルツィさんのご自宅から、車で5分ほどの場所にある養蜂家のアントニオさんを訪ねた。家族だけで養蜂業を行っている。2015年は取れ高が高く、1,300㎏ほどの収穫があったと。花が少ないこともあり、箱を6か所に分けて育てている。
バスク地方は、スペインの中でも北に位置し、蜂が蜜を集めるお花が咲いている時期が3~5月の3か月と非常に短いため、サンセバスチャンから30キロほど離れたところでない、養蜂業のみで生計を立てている方は少ないらしい。
アントニオさんも、もともとエンジニアで、蜂が好きで癒しとして養蜂業を近隣の養蜂家から学び、1983年から、最初は自分たち家族が食べる分を採取したいという思いから養蜂業を始めた。収穫量が安定してから販売も始めた。しかし養蜂業は自然に依拠するところが大きく、この地域で養蜂だけで生計をたてるのはとても難しいとおっしゃっていた。また今はエンジニアのお仕事はリタイアされ、趣味的に養蜂業を営んでいる。スペインでは、やはり温かい気候のマドリード以南から養蜂業が盛んとのこと。