2025.3.3
-Story01- クラフトビールに エシカルの視点を。


2025年1月某日。キリンビール北海道千歳工場の一室で、ある新商品の品質官能評価会が行われた。品質官能評価会とは、製品のサンプル分析を行い、分析値を基に関係者でディスカッションするというもの。その新商品こそ、規格外のじゃがいも(スターチ)を副原料に使用したビールだ。新商品の企画・開発に携わる三人に話を聞いた。


——本日は、醸造を担当したフリー醸造家の畠山雅之さん、商品を企画したキリンビール株式会社の増田強祐さん、味覚監修を担当したスプリングバレーブルワリー株式会社ヘッドブリュワーの辻峻太郎さんにお時間をいただきました。よろしくお願いします。
一同 よろしくお願いします。
——まずは増田さん。規格外野菜を使ったビールを、コープさっぽろ限定で発売することにした経緯を教えてください。
増田 当社では数年前からクラフトビールに力を入れ、スプリングバレーというブランドを展開してきました。ただ、まだ多くの方に飲んでいただけていないという現状があります。何か打開策はないかと考えていたときに、たまたま札幌にあるクラフトビールのお店で畠山さんを紹介していただきました。
後日、改めて畠山さんと会って話を聞いたところ、北海道の訳あり野菜を使ったクラフトビールを手がけていると知って面白いなと思いました。そのときに頭をよぎったのがコープさっぽろの「ぶこつ野菜」です。ご存じの通り、ぶこつ野菜は形が悪かったり、大きすぎたり、小さすぎたりするせいで市場に出回らない規格外野菜です。2010年にスタートして、15年たちます。エシカル消費(社会的課題の解決につながる消費行動)という言葉がありますが、特にコープさっぽろの組合員さんはこうした取り組みに関心が高い。もし、フードロス削減につながるビールがあったら、クラフトビールに手を伸ばすきっかけになるんじゃないか。そう思って畠山さんに、クラフトビールの入口になるような規格外野菜を使った新商品ができないかと相談しました。
——増田さんから相談を持ちかけられて、畠山さんはどう思いましたか?
畠山 喜んでお手伝いします、と。もともと私は網走ビール株式会社で醸造技術を覚えて、その後、札幌のマイクロブルワリー(小規模醸造所)で醸造の仕事をしていました。その頃から北海道各地の規格外野菜や果物でビールを造ることに取り組んでいて、フリーになった今もそれは私のテーマの一つになっています。イチゴ、ヤマブドウ、メロン、スイカ、ビーツ……、これまでに60~70種類ぐらい手がけてきました。
北海道と一口にいっても、地域によって取れる物も、それに携わる人も異なります。地域ごとにいろんな個性、それぞれの魅力がある。そのまちの素材を使ってビールを造ることで、よその人にとってはまちを知るきっかけになるし、まちに住む人にとっても自分たちの足元を改めて見つめるきっかけになります。大好きな北海道のためにそうしたお手伝いができたらというのが、活動の原点です。
——辻さんは普段、東京・代官山のスプリングバレーブルワリー東京で醸造を行っていますが、畠山さんのように地域の素材をテーマにビールを造ることはありますか?
辻 そうですね。基本的には「お客さまが求めるもの」「喜んでもらえるもの」というのが商品開発のスタートになりますが、「日本ならでは」とか、「その土地ならでは」の素材をテーマに造ることもあります。ローカリティやサステナビリティを表現できるのもクラフトビールの一つの特徴です。素材にフォーカスすることで、地域の魅力やクラフトビールの良さがより多くのお客さまに伝わるのは素晴らしいことです。
ただ、どんなに良い取り組みでもアウトプットが重要です。ビールがおいしくなければ、お客さんにとってその体験は悪いものとなってしまい、ひいては素材そのものの印象まで悪くなります。そうなれば関わるみんなにとってマイナスです。やっぱりおいしいことが大事。そこはビールを醸造する人間として譲れないところです。


——畠山さん、商品について教えてください。
畠山 ビールの主な原料は麦芽とホップと水ですが、味や香りを調節するために、米やコーン、スターチなどの副原料を加えることがあります。スターチというのは、でんぷんのことです。今回は、コープさっぽろで取り扱っている尾藤農産(芽室町)の雪室熟成じゃがいもの規格外品をでんぷんにして入れました。
じゃがいものでんぷんを加えることで、軽快な飲み口とスッキリとした後味のビールに仕上がります。クラフトビールというと、「濃い」「個性が強すぎる」といったイメージがあるかもしれません。今回はより多くの方にクラフトビールを楽しんでもらえるよう、フルーティーな香りを引き出しながらも、じゃがいもの持ち味を生かして飲みやすいビールになるよう設計しました。
——辻さん、実際に飲んでみていかがでしたか?
辻 全体的にきれいなビールに仕上がっていると思います。ホップの香りがとても華やかで、柑橘系の甘い香り、白ワインを思わせるブドウの香りが感じられます。アルコール度数は6%超で飲み応えがありますが、酸味がほどよく効いて、味にしまりがあります。私たちの業界では「ドリンカブル(drinkable)」という言い方をしますが、まさに飲みやすいビールでありながら、クラフトビールならではのユニークさも感じられます。そして、良い意味でじゃがいもが主張しない。多くのお客さまに手に取っていただけるものになっていると思います。
畠山 先程もディスカッションしたところですが、今回の試作品はアルコール度数が6.4%とやや高かったので、ターゲットの6.0%に限りなく近くなるよう、本醸造では仕込みのちょっとした温度や原料の量を調整できればと思います。


——面白いと思ったのは、キリンビールが企画して、フリー醸造家の畠山さんが味づくりを行い、アドバイザーとしてスプリングバレーブルワリーの辻さんが加わり、本醸造を網走ビールが行うという点です。競争相手であるはずのプレーヤーが手を組んで一つの商品を造っているわけですね。
増田 数年前からクラフトビールのブームが続いているといわれていますが、実際のところ、ビール系飲料全体に占める割合はまだ高くありません。国内には数多くのブルワリー(ビール醸造所)がありますが、おそらく「競合」というとらえ方はしていなくて、みんなで肩を組んでクラフトビール市場を広げていこうというスタンスです。そうした背景もあって、今回の協業も実現したのかなと思います。
——なるほど。辻さんは、クラフトビールの魅力はどんなところにあると思いますか?
辻 大きな魅力は多様性だと思います。日本では、ビールというと一定のイメージに落ち着きますよね。でも、それはたくさんあるビールの種類の一つ。国内の大手メーカーさんが手がけるビールのほとんどは、「ピルスナー」と呼ばれる種類(スタイル)です。ですが、世界を見渡せば150以上ものスタイルがあるといわれていて、現在はさらにさまざまなブルワリー(ビール醸造所)が伝統的なスタイルを踏まえて新しいビールを生み出しています。自由で、楽しい。それがビールです。
だから飲む人も、自由に、楽しく、ビールを味わってほしい。「推し」という言葉がありますよね。「推し」を語るときって、人は熱くなるし、見ていて幸せそうじゃないですか。そういう文化を、クラフトビールを通じて創造できたらいいなと願っています。
——畠山さんは、今のお話を聞きながら何度もうなずいていましたね。
畠山 選択肢があるってうれしいですよね。自分の好みやその日の気分でビールを選んで、みんなで楽しむのって、とてもハッピーな体験だと思います。そして数ある選択肢の中から「ベジビール」を手に取ってもらい、「芽室町にこんな農家さんがいるんだ」「ハネ品はこんなことに活用されているんだ」「北海道の素材でこんなビールができるんだ」ということを知ってもらえたら、さらに味わいを楽しんでもらえたら、私としてもこの上なく幸せです。
——増田さん、発売が楽しみです!
増田 2月下旬からいよいよ本醸造が始まります。発売日などの詳しい情報を発表できるのは3月下旬を予定しています。ぜひ、心待ちにしていただけたらと思います。
——みなさん、本日はありがとうございました。